外国語と日本語の訳で、肯定形と否定形を逆にする(肯定文を否定文に、否定文を肯定文に)と、すっきり意味が通じることがある

不思議なんだけど

受動・能動もそういうことある

英語以外の外国語でも、そういう時がある

 

「○○が重要でしょうが!」と言うのって、重要視されて然るべき○○が、そう扱われていない、という前提や気持ちがあってのことだから、当然と言えば当然かもしれないけど

そのまま訳すと、雰囲気変わっちゃったり、どうもすとんと腑に落ちないことも少なくないのはいったいどうしてなのか

言語の特性でもあるのかな

 

翻訳家のかたが、Black Lives Matter の日本語訳について、日本語だと助詞の選択肢が多いのが、ややこしい要因、みたいに書いておられるの、なんでなんだろうか

肯定・否定の使い替えなんてよくご存じのはずだが

 

私も、ニュースで聞いた「黒人の命も大切だ」について、ちょっと、変でしょ、なんでそんな柔らかいの、と思っていたけど、助詞がどうこうではなく、ないがしろにするな、軽視するな、軽んじるな、なんじゃないのか

 

否定形で行くと、意訳!だめ!とか言われちゃうんだろうか?

 

でも、大事にしろ!というより、

軽んじるな!軽視することは許さない!なんじゃないのか

 

痒い所に手が届く英和翻訳表現辞典の中村保男先生ならどう訳されただろうか