べたつく首筋以外に夏の訪れを実感するのは、飲み物に氷を入れたくなる時だな。

 

炭酸水で紅茶の水出ししてみたけど、やっぱり紅茶の炭酸は別に好きじゃなかった。別々で良かった。

 

レモンのくし切り、使い勝手が良く、頻繁に使ってなくなってしまったので、丸ごと冷凍してるのを解凍してくし切りにして再冷凍。(さいれいとうを変換したら柴苓湯と出た。漢方でしょうか。)解凍・再冷凍ってよくないかと思ったけど、解凍したのを切るとしっかりと瑞々しくておいしそうで、大丈夫だった。

6月が終わってしまった。7月になってしまった。

 

洋々とお散歩していた日々の後、なんだか死んでしまって、3日程で生き返るつもりだったのに、2週間以上も死んでしまって、出来得る限りゆっくりとしていた。

 

生き返ってみれば、ああもったいなかった!と思いもするけれど、死んでいる間は死に続けてしまう。

 

さらさらと気持ちの良い6月だったのに。戻らない時間よ。この2日くらい、ああ、この季節がやってきてしまったと思う、何をしなくてもべたつく首筋。

 

私にとって6月はまだ初夏で、アメリカやヨーロッパの子供たちは夏休みが始まる、向こうはもうほんとに夏だな、と、一歩遅れな気分がうれしい季節(長い夏休みは素敵だし、時間の長さは等しいんだけど)。7月と8月が日本にいる私には夏。ここも夏になってしまった。

 

またふと半袖Tシャツのことを考えてしまう。そーいえば、散々探してた首元詰まった長袖Tシャツなんて、無地T取扱いのTシャツ屋さんで探せば良かったのでは。以前利用したことあるのに全然思いつかなかったな。

 

死にながらも、ひとつ、ふたつ、と小さな物を処分したりはしていた。生き返った途端にまた実家方面の整理をばりばりと。疲れるほどやってしまうのは止めなきゃ。しばらくは実家の方は集中してやる場所はないかな。ぼちぼちと小出しのパワーでやってこ。母も、1年ほど前は捨てないと言っていたものでも、今は積極的にもういらないねと言うことも多い。でもまたお掃除系道具を購入してしまったりもするのだけど。。。

 

物置で使っている三段連結の衣装ケースを押入れ下段で使いたいというので、一応高さを確認して移動させたのだけど、1cmくらい高すぎて、どうしても収まらず。横にして中へ入れて立たせればいけると踏んでいたのだけど。さっぱりであった。やっぱり衣装ケースは連結していない、バラバラのがいいと思う。捨てて買い替えるとごみが出るし。

 

またリサイクルショップへも。本、CD、DVD、衣類、食器。食器などについての値付けの差が不思議で、質問したけれど理解できる回答はなし。とてもいい値が付いたものと、十把ひとからげのものの差がさっぱり分からないわ。それに、明細と説明の点数がずれてるようだった。今度は一応、点数確認しよ。

 

久しぶりにいつもの温泉へ母と。温泉といってもたいそうなあれではなく、銭湯です。運動用のプールがある、素晴らしい銭湯。リハビリもできる、車いすで入れるお風呂もあるみたい。いつも通りの気持ち良さ。空いていたので一層良かった。帰りに、こちらも久々のそば屋でざるそば。10割で、つなぎに山芋を使っているそう。ここのおばちゃんいつも怖いのだけど、この日は最初から笑顔だったりして(彼氏と楽しく電話した後のような、かわいい笑顔だった)、自分から突出しやそばについて色々と話してくれた。山かけ冷を頼んだ母に、山芋を全部食べられるようにと匙を出してくれたんだけど、こういうのも初めて。いつも、匙があればいいのにねえと話していたのだよ。どこにもなさそうだし、こわくて聞けなかったんだよ。でも、もったいないから全部飲んで下さいねと言われて、全部飲むとけっこう塩分取っちゃうからそうれはどうかなと思った。それにしてもこの性格の違いはお客さん少なくて余裕あったからかな。10割の良さは冷麺の方がしっかり分かる。書いていたらまた食べたくなってきた。

 

雨の少ない梅雨。久しぶりに雨音が聞こえている。夜の雨、家にいればよい時の雨って大変良い。

山の道端を歩いてるとドクダミヒメジオンがきれい。摘んできて生けてみた。

 

ドクダミは姿がほんとに美しい。1本でも数本でもたくさんでも、ほんとに景色になる。葉も花も茎も、それぞれ美しい。

 

家で普通に生けるなら、同じ花だけが好きなのだけど、余ったのを合わせてみたら、この2種はいやじゃない。新しいかわいらしさが生まれた。

 

農薬や除草剤が使用されていないことを祈って、どくだみ茶にもしてみた。子供の頃、家では子にアトピーの気配があるのではと心配した母によりどくだみ茶ばかりだった。子どもの口にはおいしくはなく、たまに麦茶を飲むとおいしくてうれしかったけど、今ではどくだみ茶も好き。

 

食べられないのかな、と調べてみると、東南アジアではサラダで食べたりするそう。日本でも積極的に食べてみてる人がいた。くせになる、ないとさびしい、という域に達しておられる。私も葉をかじってみた。しっかりした茎についてたのはあまりに苦くて食べるのは無理だったけど、まだ若そうなのは、確かに、少し、パクチーみたい? まあそのまま食べるのは難しくても、風味付けとか、何かに使えそう。

 

以前はどくだみは庭にはびこってただただ困る物だったのに。なぜあの頃はお茶にしようという発想がなかったんだろ。

 

ももっと以前は、庭や道端にはびこったりもしてなかったんだよね。お茶は飲んでても生えてるの見たことなかった。こういうのってなぜなんだろ。外来種じゃなくて、昔は人の生活域にそんなになかった植物がはびこってるの。