14着。。。服の手入れをしていて、なんで服多いんだっけなんて分かっていることですが改めて振り返っていて、ふとスカートの内、母のお古分を数えてみた。おさがりだけで14着。多いはずだよ。そして控えているおさがり候補もある。素敵だし、好きだし、よいものだし、さっぱり捨てる気にならない。2枚ほどはもしかしたらいいかな。祖母のおさがりまであって、2着、内1着はリフォーム待ち。そう、数は足りているのに、生地が好きだったりして、ウエストを直したりしてしまうのです。

 

他のスカートもざっくり数えてみた。31着。トータル45か。。。部屋着的なのも含んでいます。断捨離かな、というのもあるし、これからスカートになるのもある(ワンピースをスカートにする、これはやる、この生地は捨てられない...)。

 

内8着は古着屋さんで購入した古着。これも服が増えてる理由の一つ。古着も好きだった。素敵なプリントや刺繍やレース。今はもう行かないけれど、でも素敵な古着屋さんが近所にあったら行っちゃうだろな。見るだけでも。

 

14着ほどはこの数年で断捨離してる。スカートはその間に増やしてはいないので、60着近くあったということかー。そりゃ引越しもたいへんよね。

 

数えても減らないけど、でも、多いね、という確認にはなるので、他も数えてみようかなあ。

 

ということで、服が好き、捨てられない、以外の服が増えた訳は、

母のおさがりが良い。

古着も好き。

仕事かっちりめ、仕事ゆるめ、プライベート、家でゆったり、と主に4カテゴリー。

きれいめ、カジュアルめ、エスニックめ、など、好きなスタイルが色々。

パンツ派なのに、スカートに傾倒した時期があった。

 

自分はミニマリストになりたいって思うことはないと思っていたけど、少しだけ、気持ちが分かった気がする。無駄がなくなるよね。物にかける時間を、他のことに使える。服のことだけ考えみても、手入れする時間(洗濯、片付け、断捨離、リフォーム等々)ってけっこうある。クリーニングに出す物だと、クリーニング代も結構かかる。買う時間もかかってる。無駄かどうかは、人それぞれだけど、年を重ねてきて、無駄であるなと思うようになった。服を探してる時間は以前も無駄だなーと思ってたし。あれこれ買ったり着たりという時期もあって今があるけど、そうは言ってもちょっとやり過ぎた時期があったなと思う。今、いいお店のない場所に住んでいるのは私にはいいことかも。もし今後、東京みたいな街にまた住むことになっても、持っている物でやっていけるかな。

金融機関へ行ったら、窓口の人が昔の同級生で話しかけられて驚いた。言われなければ気付かなかったし、おそらくほぼ話したこともないくらいの間柄。クラスが同じだったかどうかも曖昧な記憶。向こうも話しかけた割に、私を別の人と完全に混同していた。とある部活をやっていて、なんとか君とつきあっていたのか仲良かったかみたいな人と混同していた。そんな、ほぼ話したこともない相手に話しかけていながら、そこまで特定の別人と間違えるって、どういうことなの...(私の他人に与える印象の微妙さよ...)小さな支店で話は店内に筒抜けなんだけど、知合いが来るとこういう感じなのかな。さらに、自分は誰々と一緒にいて、と、別の同級生らしき人の名を。一緒にいる、という表現が独特。何か事情があって結婚はしていないみたいな意味合いを感じるけど、でも結婚してるってことなんだろな。この春からその支店へ移動してさみしくて卒業アルバムを見ててっていうので、どこか遠くに出向でもしていたのか聞くと、遠方の移動はないみたいだし。さみしくて卒アル見る?ああ営業用に住所とかチェックするのかなと後で思った。昔の名簿とかアルバムって住所も電話も載ってて、なぜか父親の名前(父親が家にいない場合は母親)も掲載されてる時もあったり、今ではよくこんなことしてたなと思う(今もなのかな)。

 

病院とか金融機関とか、知人に担当されたくないという気持ちが強いので、もう行かないかなあ。。。地理的に行きやすかったのだけど。断捨離するとよいことがあるっていうけどちがう、という気持ちになったけれど、関係ないか。私個人が断捨離しててもしてなくてもあの転勤はあったのだ。さらにポジティブな人であれば、これを機にアナログ処理を止めるなど、何か良い方へ持って行くのだ。だいたい断捨離の良いことというのは、不要な物が減る、それに尽きる、というか、それ自体が素晴らしいのだ。

 

さて昨夜はくたくたで早めに寝て早起きをしようとしていたのに、なぜかさっぱり寝付けなかった。今夜はしっかり眠りたい。

もーすぐ5月が終わる。このお片付け、GW後半から始めて、5月中ぼちぼちがんばってみようと思ってやってた訳ですが、疲れている。

 

がんばってる、けっこーがんばったけど、そんなにすっきりしてなくて疲れている。実家の方へパワー炸裂させてしまって疲れている。

 

これは疲労が疲労を呼んでいるのだろう。やる前よりはいいはずなのに、ほんとに?これ意味あった?という気分になっている。

 

ちょっと休憩して、ほんとにぼちぼちとやっていこうね。