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「み」とか「が」とか

走りたみ高まるけど真夏の外気に怖気づく時はタバタ式4分トレーニングなどする。

 

この、なんとか「み」ていうの初めて使った。近いのは「さ」かな、走りたさ。自身のことでも「さ」だと客観性が残っていて、「み」だとより自分の内なる所から出てくる心情という感じ。「さ」は高低で計られるけど、「み」は強弱て感じ。

 

しかし果たして走りたみはこの用法に該当するのかと、とりあえずつらみをぐぐってみたら、この「み」について分析する3年前の記事があった。私自身は今も限られた範囲でしか目にしてなかったけど、広々使われてるのか。

 

私がどうしても受け付けない日本語は、本来目的語である言葉に「が」をつけるというか、「デパ地下に1万円のスイカが売っていた」的な使い方です。言葉は変化するものと分かっているけど、これは何年も前に初めて聞いた時と同じ嫌悪感が今も同じようにある。テレビのレポートで初めて耳にし、ニュースでも聞くようになり、お店でも多用され。でも直接の友人が使うのを聞いたのはつい最近で、あああなたまで。

 

これって、売り物などに使われることが多いように感じてて、主語を強調し過ぎない、私たち「が」売ってます!とならないように、謙虚な感じにしたくて、使われ始めたのかなあと思ってるんだけど。

 

コンビニ言葉とか、おかしな日本語として色んな指摘が上がってきたけど、この「が」が指摘されてるの見たことなくて、一人だけ出版系の方が言ってて、そうですよね!と思った。