病院のこと2

気になっていることがいくつかある。

 

田舎の、古い病院ということをさしひいても、病室のエアコンの吸気側だと思うのだけど、いったいいつからメンテナンスしていないのだろう…というホコリのようなのがびっしりと、分厚いフェルトのようにくっついている。

 

(ついでに言うと、エアコンとカーテンレールの間にきれいなクモの巣が張られている。最近、屋内でもクモが巣を作るの良く見かけるのでこれは仕方ないかなと思ってる。掃除してもすぐ張るかもしれないので。)(まあでも掃除はしてほしい。)

 

最近、国内の病院で、エアコン故障で熱中症とみられる入院患者死亡のニュースもあったし、気にしてほしい。(当該病院は因果関係は認めていないけど)(因果関係の有無にかかわらず、壊れるとただでさえ忙しい現場に突発的な仕事増えるから、定期的にメンテナンス入れた方がいいよね…)

 

入院患者が利用する乾燥機も、利用者には手を出せない所にホコリがたっぷりと溜まっており、乾燥の機能も低下してるだろうし、発火しないか不安。

 

というのを、ご意見箱に入れようと思っていたら、昨日看護師さんに話す機会があって、申し訳ないけどお伝えした。でもこういう声が実際に決定権のある人の耳と心に届くかどうか分からないので、ご意見箱にも入れようかなと思っている。

 

病室のエアコンの掃除は、患者がいるとできないこともあり、調整難しいかもだけど、あんなにメンテナンス入れないのは普通なのだろうか。

 

前回は個室へ入ったのだけど、そこのエアコンもひどい有様で、簡単に掃除してもらった。今は改装されているけど、その頃は、部屋全体もかなり狭く、風呂トイレも小さなワンルームマンションに取付けるようなもので、車いすは無理な、段差ありの入口狭いものだった。これで個室料5,000円。改装後は値下げされていた。

 

医院サイトの手術実績や医師の資格などのデータも更新してほしいな、というのもご意見箱に入れようと思ってる。

 

(同様の手術実績を聞いたら、年間10例程度かなーという感じ。もっと少ないかと想像していたので、まあまあ、不安よりは安心が高まったかな。)

 

善処いただけるかどうかはともかく、いつも働く職場って、新しいことには取り組みにくかったり、気付いても内から言いにい場合もあるかもしれないし、たまに外からの視点が入るのは悪いことではないだろうから。

 

病院のこと1

家族が入院&手術、なのだけど、これまでの流れで遠くの病院を選択してしまって、つらいことになってる。通うのがとてもつらい。車で片道1時間以上。それくらい平気、毎日通勤してる、という人もいるんだろうにと思うけど、身体の疲労的にも、時間的にもつらい。母も私も。

 

家から30分程度の病院でも同レベルのことはできるのでは???という気持ちが強くあり、もやる。もう決めてしまった後で言っても詮無いのであまり口にしないようにと思っていたけど、さすがに母も5回ほど通い疲れも溜まってきて、思いが徐々に膨れてきて、昨日は帰りの車で疑問を口にし合う。

 

山奥に住んでいて街中の病院へというなら諦めもつくというか何の疑問もないけれど、逆方向というのもこの気持ちに拍車をかけている。

 

たまに行くなら、ドライブにも気持ちいい道もあるのだけど、洗濯などを兼ねて週2回ほど、ひと月半ほど通うとなると、疲労が蓄積する。

 

何年も前に同じ病気で、そこの先生がいいだろうと紹介されて入院・手術をしたのがきっかけなのだけど。

 

その後、経過観察に数年は通い(年に1回とか2回とか)、行かなくなった。行かなくて良いの?行った方が良いのでは?と幾度か聞いているのだけど、普段通っている所で診てもらっていると言うので、まあそれならいいのだろうかと、それ以上はしつこく勧めずにいた。近ければ継続して行ったのでは。

 

この手術の頃は私は遠方にいて、説明等を直接聞けていおらず、状況もあまり分かっていなかったのだけど、今回改めて病気のことを調べてみると、経過観察が大切等とあり、やっぱりもっと強く勧めて連れて行くべきだったとも思うし、でも別の病院で診ているというのでやはりその判断難しかったかな。。。

 

今回、明らかに進行していて、いったい何を診てもらっていたのやら。本人も「そういうことだな」と言っていた。笑いと涙。しかもあれこれ調べると、その病院では担当課が違う。そこで撮ったMRを持参したけど、また入院先で撮り直してるし。本当にいったい何をしていたんだろう。

 

今回またひどくなってきたので、他の選択肢も何も考えず前回のところへ飛び込んでしまったよう。前回も長らく症状があったのに、どうしようもなくなってからきちんと受診して、もっと早く行くべきだったねといつも話していたのだけど。

 

担当医も調べず行ってしまったので、前回紹介を受けた、ここへ行くきっかけとなったのとは別の医師の診察日に受診、入院で担当交代ということもなく、そのまま担当。というのが母の不満の根っこでもある。

 

コメディの方々も医師も感じは良く、質問しやすくい点はとても良い。

 

夏の本2

 (夏の本というタイトルにしていますが、夏に読んだ・読んでいる本なだけで、夏のお話の本という訳ではありません。)

 

台湾少女、洋裁に出会う――母とミシンの60年

台湾少女、洋裁に出会う――母とミシンの60年

 

原題は「母親的六十年洋裁歳月」。

台南で洋裁学校を開いた著者の母(1918年生まれ)の話。個人史でもあり、小さな社会史でもあり。

 

洋服の世界の入り口が包装に使われていた日本の雑誌だったり、東京で勉強したり。新しい装いに憧れてわくわくしてどうやって作るのか研究して貪欲に技術を身に付けて。まさに台湾 版カーネーション。ミシンがあれば女性で個人でも仕事になる、新しい世界。結婚後も夫やその仕事優先では全くなく、転勤にも一人で行ってもらって、スタッフを増やし生徒を増やし学校を拡張し、自分の学校を力強く運営していく。

 

台湾では昔から女性も普通に働いてたのかと思いきやそうではなく、家業を手伝うのはともかく、外で仕事をするのは対面の良いことではなかったよう。この本では1930年代からのことが描かれているんだけど。著者母はまず独学である程度の技術を身に付け洋裁店で働き始めるんだけど、この頃、家が困窮していたので、父親が外の仕事を許したそう。

 

親族がすごく助け合うという慣習があったようで。助け合うというか、もともとは家長(長子)が皆の面倒を見るのだけど、家が傾いたりして難しくなると、できる人が助けてあげる感じ。同じ家に住んだり仕事を世話したり。(今でも、どこでも、家によっては普通にあることだろうけど。)

 

写真がたくさん掲載されているのも嬉しい。家族・親族の写真や、学校の記念写真など。当時の洋服、流行の変化。新しい服を見たり作ったり着たりする時の、わくわくする気持ち。

 

安閑園の食卓 私の台南物語 (集英社文庫)

安閑園の食卓 私の台南物語 (集英社文庫)

 著者 (1933-2002)  は日本で料理研究家として活躍された方のよう。上の洋裁本とともに、台南にまつわる本を探していて出会った一冊です。

 

台南の裕福な家庭に生まれ育った著者の、大家族のおなかと心を満たす日々の食卓にまつわる記憶。普段の食事から特別な祭事の料理、どれをとっても手が込んでいたり、馴染みのない食材がたくさん登場したり、私がこれからもまず口にする機会はなさそうな料理がたくさん。読んでいてとても楽しかった。食材や料理法の話を中心に、他の文化や慣習についても触れられていておもしろい。

 

血を使った料理は今も夜市なんかでも売っている。私が見たのは豚の血をゼリー状にして小さな立方体に切ったもの。現地の友人に勧められてちょっとだけ食べた。特に味はなかったような。友人の家ではお母さんが新鮮なものを信頼してるお店から買ってくると言っていた。血を買ってくるんだったか、調理したものを買って来るのだったか覚えていないけれど。

 

著者の日本でのストーリーも織り交ぜてある。男ばかりの調理師に豚の内蔵料理の指導に呼ばれ(呼んだ方は、20代の女の子が来るとは思っていなかったよう)、子供の頃に家の調理人がしたのを見たことはあるが自分ではやったことのない肺の調理を、記憶を頼りに考えてやりとげているのがすごい。

 

この本に限らず、著者自身ではない個人のけしてポジティブではないプライベートについて書かれているといいのかなという気持ちになる。。読者としては、過去の一文化、人の歴史として、おもしろく読むのだけれど。

 

各章の終わりにはレシピが一つ掲載されていて、これも私はひとつも作ることはないでしょうが読むだけでもおもしろいです。

 

私が台湾へ行った時の台湾料理の印象は、味が薄くてヘルシー。優しい味の食べ物が多い。それほど「おいしい!!!」とは思うことはないけれど、体が健康になったような感じがした。

 

鼎泰豊がいっぱいで代わりに行ったお店は、友人たちはおいしそうだったけど私はよく分からなかったし、ドライフルーツ屋さんでも、きっとおいしいはず!と色々と試食したんだけど何かが違ってどれも買うに至らず。何か味を付けてあったんだろうか。羊肉のそうめん屋さんでは生姜の千切りが山盛り置いてあって、好きなほどのせて食べるのだけど、これも感想としては「おいしい」ではなく「ヘルシーで嬉しい」。味が薄いからといって、塩や醤油を足したい!とは思わなかったな。これはこういう料理、と受け入れていたような気がする。