徐々に寒さが厳しさを出して来て、昨晩は、足が冷たくてなかなか温まらずなかなか眠れない夜だった。今夜はフリースと電気毛布を敷いてぬくぬくで寝よう。湯たんぽしてたことあるけど、お湯を沸かしたりが面倒だしさほどエコでもないなという結論。1.5Lだったか、やけに湯量が要ったせいもある。

 

どんな時も機嫌が良い、機嫌が悪くなることがない、という人の話を聞いて、いいな、そんな風になりたいな、と思っている。別に気分が悪くなっても苛立ったり腹が立ったり落ち込んでも、何かが好転する訳ではないので、嫌なことや悪いことに心を乱されないというのは、らくでよい。

 

最近、よく分からない人と仕事で絡まないといけなくて、1度(か、2度かもっとか)すごくもやもやしたんだけど、上記のことを考えて、もやもやすまい!と頑張った。今日はその人に加えてもう一人変な人が増えて、いったいぜんたい…だったけど、もうええわ、となっている。嫌だけど。まあいいわ。この心軽い感じ良いな。これまでの人達や、いつもの人達がいい人なのは、ほんとに幸運なことにも改めて気付く。

布の使い方

染めてあったり、模様が織り込んであったり、刺繍など施してあったり、プリントだったり、特に何のこともない無地のものも、色々と、昔から布が好きで、何かにしようと買って使いこなせないままの布がたくさんある。

 

直線縫いで、スカートやバッグにしたりということは時々していたけど、それ以上の技術もなく、最近は作りたい欲求もさほどなく。でもそういえば子供の頃は、ぬいぐるみとかクッションとかかばんとか、色違いの布を合わせたり、アップリケみたいな飾りを作って付けたり、服を作ったり、今考えるとすごく色々作っていた。クラブ活動や課題で作ったものもあるけど、それ以外にも。ないから作る、という原始的な動機で作ることもあった(そういうのは欲しい物が売られていて買ってもらえる環境なら、作っていなかったかもしれない)。(あの頃の方が時間を上手く使っていたのでは。。。)作ることに面倒さを感じなかった。今は、手間だなと思う。

 

しばらく前、布箱を確認していて、コースターにでもどうかと取り出した端切れをふとそのまま、端縫いすらせず、折り畳んだままコップやポットに敷いて使い始めたら、なかなか雰囲気が良くてたいへん気に入っている。好きな大きさに畳めるし。端がそのままなのが、かえってよい。

 

今使っているのは、なんのこともないシーチングと、NYの古着屋で見つけた植物柄のカーテン生地(これは買った当時、小さなバッグにして好評であった)。無地と柄、生成りと多色、という組み合わせも良い。このように別の布を重ねて使うのも良い。今まで全く思い付かなかった。本当に良い。

まだまだ続く爽やかで温かい秋。なのだけど。晴れてほしい、せめて降らないでほしかった昨日だけ、雨は降るし風は吹くし、ああ冬が来るなという冷たい空気だった。今日は一転、冬はまだ先な温かさ。

 

けど昨日のランチはとてもおいしく、行ったお店はいいお店だった。古書店や本屋さん、行くの好きなのだけど、家の積読溜まりと片付け中の身であることをを思うと、目当てのものが置いてなかったり、よほどこれ!というのに出会わなければ、立ち読みチェックだけになりがちで行くのも悪いなという気もする。何か別のものがあれば買ったり。昨日は古い絵葉書を。昔の新幹線が昔の東京が映ってるのや、やや妙な味わいの冬山の絵。古書店の店主さん、地元紙に寄せておられたエッセイではドライでクールな印象だったのだけど(そういう人も好きだけど)、かわいらしく良い普通さのある、友達と話しているような感じのする方だった。立地もあるのだろうけど、落ち着いた佇まいの店内で、薄暗い明かり、でも本は十分に読める明るさ、お香の香りもちょうど良く、こんな空間で日々過ごすって、どんな感じなんだろうな。広い土間や、ふと腰かけられる場所のある、古い家。祖父母の家もこんな感じで段々としていた。

 

昨日はスコーンもおいしかった。お土産に買って帰ったお団子もおいしかった。最近食欲がおかしい。