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ちほうそうせいって嫌な予感しかしなかったけど、やっぱり変わらずセンス悪い事業が立ち上がるこの町。ほじょきんと町の財源も使って、自然環境に配慮しない事業を自然公園でやるそうで…しかも担当部署が自然環境保全担当みたいなとこで、ほんとにばかっていうか、勉強とかしないんだな…イベント屋さんに持ちかけられたどこかで使い古された企画そのまんまゴーって感じなんだろな。文化がないんだなー、と思うことが多い。そしてないものはなかなか育たないんだな。センスの悪い町ではセンスの悪さが脈々と育まれ。

 

この町に住み、東京や色んな地方の様子を見るとつくづく感じる。歴史って続いてるんだなーと。ほんと「遺産」。昔から人がいたり集まってきたりして色々と生み出したり発展させてきたことは過去のどこかで終わって止まっている訳じゃない。ずーっと繋がっているんだな。東京の公園の多さなんかもそういう面もある。

 

こっちどうですかと聞かれて、山や海が近くて空いてるのはいいですねーと答えるけど、そうですよね公園とかはやっぱり東京よりこっちの方がいいでしょうねと言われて、いや、公園は東京の方が断然良いんですよと、言わなかったけど(いちいちこっちを下げること人に言いたくはない。ここには書くけど。)どこの町でも広い公園がある、町が公園で繋がってたり。公園じゃなくても遊歩道があったり。歩いてる楽しさが全然違う。

 

ずっと置いてけぼりの町は常に時代に追いつけないというか。別に時代を追わなくていいけど。でも自然を大切にするとか、そういう時代の流れには追い付いていったりパイオニアになってもいいんじゃないのかね。時代がどう流れようと、独自にある物を大切に育んだりすればいいけど、そうもならない。やっぱりこの20年位の不景気も関係あるのかなあ。

 

土地も狭いんだよね。住むようになって気付いた。狭いので、田舎だけどどうも広々していない。町の作り方かなあ…狭くても上手くやれば心地よく作れるのかも。そういう上手さを体験したり学んだりっていうことがなかったせいかもなー。そして今も。私はこの町を本州の孤島と呼んでいるんだけど。少し大きめの町が近隣にない、どこへ行くにも何だか大変な環境も、こことは違う良さを経験し持ち帰ることを難しくしてるんだろうか。どうかな。単に人々の気質かなあ。

 

個人や小さな規模では、良いことしてる人や会社もあるんだけど。自治体がらみになるとほんとひどい。そんで個人で良い感じのことしてる人も、「東京に負けてない」とかいうフレーズを言っちゃうんだけど。なんだかね、かっこわるいと思うんだけどな。あえて比較しないという姿勢でいた方がいいと思うんだけど。どうも自分の町の良さをアピールする為に大都市を下げる言葉を用いる傾向がある。東京とは根本的に違うのに。勝つか負けるかって言っちゃうと、負けでしょ。東京だって(どこだって)当然いいことばかりではないし、この町にないまたは少ない浅い闇や深い闇だって多いだろうけど、多様なので、大資本もあれば個々のいろんな動きもあって、新しいこともあるけど、むかーしから大切にされてる文化もある。この町で良い感じのことしたい・してる人たちも、ここより大きなどこかの町で経験した良さや、別の町で始まった何かをここなりに再現したい訳なんだし。なんで勝つとか負けるとかで盛り上がれるんだろうか。

 

いやだいやだって文句を言わないでおこうと最初の頃は思っていたんだけど(文句言ってるだけでは変わらないし)吐いてしまうよね。あまりにもひどいことにソフトな意見述べたことはあるけど。色んな人から抗議が上がっていたけど、まあ訂正したり変わったりしなかったよね。