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日本の新聞社のお粗末な記事…

銃撃の政治紙、預言者の風刺画全面に…反発必至 : 国際 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

「...反発必至」てあなたの書くことじゃない。記者としてパリから書いてるんだから、自分の足で取材して市民の反応を書いたらいいのに。

 

リンク先より

フランスの複数のメディアは12日、フランスの政治週刊紙「シャルリー・エブド」パリ本社の銃撃事件後、初めての発行となる最新号の1面の内容を報じた。

偶像崇拝を禁じるイスラム教の教義に反し、預言者ムハンマドの風刺画を全面に描いている。14日発売予定の同紙が、イスラム教徒の反発を招くのは必至だ。

最新号1面には、涙を流すムハンマドが「ジュ・スイ・シャルリー(私はシャルリー)」との標語を掲げている風刺画が描かれ、見出しには「すべては許される」と記されている。

この標語は、11日のパリ大行進などで、仏国民が「表現の自由」を訴えるために使ったもので、同紙は、ムハンマドの風刺も表現の自由として認められるべきだとの見解を示したものとみられる。

2015年01月13日 13時33分

 

 

「同紙は、ムハンマドの風刺も表現の自由として認められるべきだとの見解を示したものとみられる。」みられるって…同紙に取材して書きなよ。できないなら同紙に取材した他社からの引用でもいいよ。示したものとみられるって、浅い。君の味方を表明されてもほんとどうしようもない。一個人のブログじゃないんだからさ。

 

今回の表紙って、表現の自由を訴えるというより、とても分かりやすく痛烈な批判じゃないのか。「預言者」「ムハンマド」「イスラム教」を利用してテロ行為を行う組織への。敬虔なムスリムを騙り、預言者を讃えれば、何をしても許されるとテロ行為を繰り返す組織への。敬虔なムスリムの一人であるふりをして、Je suis…と周囲と同じ標語を掲げ同じように涙を流せばばれない、と思っているだろうけど、そういうやつが紛れてるのは分かってるから。ていう。

 

ここに描かれているムハンマドは、ムハンマドのように見えるがムハンマドではない、かもしれない。ムスリムが崇拝する本当のムハンマドではない、過激派が自分たちの為に都合よく利用している像。というのは読みすぎか。その権威の下でなら人の命を奪ってもOKという「教義」なりその元での行為や行為者を揶揄しているのか。

 

CHなんて見向きもサポートもしてなかった人たちが一斉にJe suis! と掲げていることへの皮肉もあるだろ

 

日曜の行進には色んな人が集まった訳だけど、ワールドリーダー達の中には非難されることやってる人もいて、でもJe suisと掲げれば全て許されるというか、善人のようになれる。

 

いくつもの風刺を併せてるんじゃないのかな。

 

でもその中に、自分たちCHの風刺が許される、表現の自由は許される、という意味はないんじゃないのか。自分たちを許す、なんかそれって、CHぽくない。風刺にもならない。と今回の件で初めてCHを知った私ですら思う。pardonnéを使ってるのも意味があるんじゃないか。

 

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CHの記者会見。やっぱりあれはムハンマドで、泣いているムハンマドが浮かんだと。

 

そりゃ泣くよね。テロリストに好き勝手に利用されて。俺そんなひどい奴じゃない!と。それに、今回のように人が殺されることを一人の人として普通に悲しんでいるってこともあるかもしれない。Je suisを掲げてるのは、イスラム教だって信者以外の表現の自由くらい尊重してる、尊重してきた、ということか。誰が(表現の自由を尊ぶ)Charlieかって言ったら俺だろ!くらい言いたいだろね。今までだってCHの酷い絵を我慢してきてるんだから。

 

アルカイダ系組織、犯行認める 仏紙銃撃 :日本経済新聞

こういう声明読むと、そりゃムハンマド泣くわ…と思う。

 

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日本の新聞のぐだぐださや、風刺の解釈にもやり、調べたりうだうだ書いたりしていたけど、すっきりさせてくれる日本語の良記事を発見。たくさんの人に読んでほしい記事。

「許す」と「赦す」 ―― 「シャルリー・エブド」誌が示す文化翻訳の問題 / 関口涼子 / 翻訳家、作家 | SYNODOS -シノドス-

 

(この記事、今回の表紙の件以外でも特筆すべき点が。イスラム教ムハンマド描いてるんじゃん!あんなに描いちゃダメそれはタブーと強調しておきながら。2点の絵が挙げてあり、かなり古そうなものと80年代からのもの、どちらもイラン。“一般的ではないが”、“伝統的に” 存在していたと。一般的ではないが伝統的…ここらへんもっと詳しく知りたい。まあ教義の解釈も最後は指導者の判断みたいな所があるという例も聞いたことあるし、イランに限ったことかもしれないけど、それにしても、描いちゃダメ!と強調されてるのしか見たことなかったので結構な驚きでした。)

 

現地駐在のメディアの人達、どうしてこれくらいのこと(関口さんの記事に書かれていること)を知らないのか。言葉を仕事にしてるなら、ぴんと来たりするんじゃないのか。教養の大切さってこういうとこにも表れると思う。(まあメディアに限らず現地の文化にそれなりの知識・関心がある人ばかりが駐在している訳ではない現実もあるけど。)

 

知っていても気付いていても、書いてもしょうがないかみたいなところもあるのかな。そんなこと書いたって日本人に分かんないだろみたいな。なるべくソフトにフラットに。

 

米から仏に移住してる著名な米人風刺画家のインタビュー記事。

Legendary Cartoonist Robert Crumb on the Massacre in Paris | New York Observer

No other journalists have called you? Really?

No, you’re the only one. You don’t have journalists over there anymore, what they have is public relations people. That’s what they have over in America now. Two-hundred and fifty thousand people in public relations. And a dwindling number of actual reporters and journalists.

―誰もあなたにインタビュー申し込んでないの?ほんとに?

―ほんとほんと。もうアメリカにジャーナリストはいないよ、いるのは広報だけさ。

 

日本の新聞もそんな感じだよね… 

 

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その他色々理解する助けになった記事。

 

風刺の理解に。

What everyone gets wrong about Charlie Hebdo and racism - Vox

 

背景の理解に。

不安定なアルジェリアと不安なフランス人 | 2013年 | アジア、危機管理コラム | アジア、危機管理レビュー | 静岡県立大学 グローバル地域センター

 

ムスリムにとって自由は罪という記事。

Far too many Western Muslims speak of freedom as a sin - Comment - Voices - The Independent

表現の自由と言った時にもその自由は人によって違う訳で。日本ではCHの風刺は批判する声が多い。(自粛の国、不謹慎を避ける国。「あくまで個人の見解です」等の断りが重視される国。良い面も悪い面もあると思う。)CHの言う自由にはタブーはなくこれは大丈夫か?と確認するようなのは自由ではないと(いやそれでも描いてない所もあると思う)。

 

さらに多様な世界を知るために…。イスラエルユダヤ教超正統派(Ultra Orthodox、Haredi)の新聞が写真から女性リーダーを消してる。ユダヤってそういうイメージなかったんだが…そういう派もあるのか。表現の自由の為、対テロの団結の為に集まったというのが表向きだけど来た人にも、それを扱う人にも色んな思惑が…。(これも表現の自由ではあるのか。)

http://www.nytimes.com/2015/01/14/world/newspaper-in-israel-scrubs-women-from-a-photo-of-paris-unity-rally.html?smid=tw-share&_r=0

 Charlie Hebdo: Women 'Photoshopped' from Paris rally picture - Telegraph

どこかの新聞はこれをいじって女性だけ残した写真を上げてた。女性だけにすると3人…。

 

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別に私があれこれ考えても何にもならないのですが、昨年あたりから宗教のあり方やイスラム教について疑問を覚えている、というか、politically correct(一般的な倫理・道徳に照らして正しい)になり切れないなということなどあり、その内調べたいと思っていたところだったので、余計と強く関心を引かれたんだろう。

 

今回の事件、もちろん起こらなければ良かったし、事件でも事故でも災害でも、傷ましい出来事は起こる前に戻れないという事実が空しく悲しいし痛い。

 

ただこの事件を機にあれこれ知った。知らないことだらけであること、自分の理解など狭いものだということ、自分の常識も別のところでは通じないこと、物事は何でもいろんな側面があること、一つのメディア(というか日本のかな)だけ見てると誤解しかねない等も、分かってはいたけど改めて認識。

 

 きりがないのでとりあえずこの辺で。